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宮地 真 Miyachi Shin
1974 愛媛県松山市生まれ
1997 金沢美術工芸大学美術工芸学部美術学科絵画専攻油絵 卒業
1999 京都府立陶工高等技術専門校陶磁器成形科終了後、京都府宇治市在住の陶芸家河島浩三氏に4年間師事
2003 美術予備校で4年間指導
2007 ~淡路市立陶芸館で指導
現在 食器を中心に制作中
宮地 明子 Miyachi Akiko
1975 大阪市八尾市生まれ
1995 大谷女子短期大学英語英文学科卒業
1998 単身渡米 NYでオートクチュールを学ぶ
2002 NYテロ一年後帰国
2003 洗礼を受ける
2010 京都造形芸術大学芸術学科日本画専攻 卒業
2011 淡路島へ移住
現在 デザインや絵、陶器などの制作をしたり、庭で畑をしたり、猫にかまかけたりしながら暮らしています。
陶器 あ⇔ん
兵庫県洲本市中川原町中川原1495
1,日々是好日
心地の良いドライブに、取材のことを忘れそうになる。今日は台風明けの好日。抜けるような秋空が広がる。稲刈りのあと、香ばしい色合いの棚田。山の向こうには、また山々。そういえばいつの間にか、海が見えなくなっている。島なのに海が見えない、って面白いなとふと思われてきた。洲本の市街地から十数分、緑に包まれた穏やかなところ。どこにでもあるようで、どこにもないような桃源郷みたいなところ。
車から降りると、どこかで水の音、微かな木々の葉すれ、鳥の鳴き声、虫の羽音のようなたくさんの音がどっと耳に流れこんできた。淡路島にはめずらししい石垣づくりのみかん山を背負い、宮地さんご夫妻のお家があった。「昔、村の人みんなであの石垣をつくったんやって、すごいよね」と教えてもらう。今ながめるだけでも奥まで広大な感じがするが、森を歩いていると、埋もれてしまったみかん畑の石垣が遺跡のように見つかるのだそうだ。・・・いやいや、その前に明子さんの服装。長靴、軍手、手にはカマ。これが普段着と真さんが笑う。「作業着ってオールマイティ。こないだこれでスーパーマーケット行ってる自分に気づいたときにはさすがに、あっ、と思ったけど」。なるほど、これが陶芸家の暮らしと何だかわくわくしてくる。宮地さんは「あ⇔ん」という屋号で陶器の制作販売を行なっている作家夫婦だ。
2,器と、現代アート
兵庫県、稲美町出身。大学卒業後から陶芸をはじめた宮地真さん。2007年から淡路市立陶芸館※1に通勤していたところ、そこで同じく2011年に大阪から淡路島に移住、「地元に帰ることも頭の片隅にあった」という明子さんが陶芸インストラクター募集に応募し、晴れて同僚となったことが二人の出会いだった。現代アーティストとして活動しながらも、陶工の世界には初めて飛び込んだ明子さん。「作っていない時期もあった」という真さんを「そんな技術があるのに、もったいない」と鼓舞し、結婚とともに「陶器 あ⇔ん」としての夫婦二人三脚をスタート。現在、おもに制作を担う真さんをサポートしながら、明子さんは得意なグラフィックデザインや現代アートの分野でも活躍している。近年では、同じく島在住のアーティスト二人とともに行なっている「無人野菜販売箱」をテーマとするプロジェクト※2なども興味深い。そんな明子さんに、器とアートについて伺ってみた。「最近、陶芸は現代アートに近いんじゃないかという話を主人とよくするんです。アートの文脈はもちろんいろいろだけど、そのひとつに“身近な、自分の身の回りのものを意味や価値を見直す、捉え直す”ということがありますね。その部分が陶芸にも共通する気がしていて。器に触れて作家の息づかいに触れたり、それに何かを盛りつけたり飾ったり。それは器を使う人が作品の中に参加しているんだなって。」幅広くやっているようだが、ご自身の中では全てつながっているのだという。「うまく説明できないけれど。作っていれたら幸せ、というのはありますね」
※1:淡路市浦にある陶芸館。初心者のための陶芸体験から本格的に学びたい人のための定期教室まで幅広く開講している。
淡路市立陶芸館
兵庫県淡路市浦668番地1
0799-75-2585
info@awajishitougeikan.com
※2:彫刻家・久保拓也、南野佳英、浦川明子の淡路島在住の美術家3者からなる「無人野菜直売箱アートプロジェクト|淡路島」。淡路島に数多く見られる無人野菜直売箱をリサーチしてのマップづくり、アート作品としての新たな直売箱もこれまでに4作品を制作。
3,「あ」から「ん」まで
玄関には、流木や古い引き出し、窓枠をつかって器が美しく並べられている。パステル調の淡い色彩と穏やかなかたちが印象的な「あ⇔ん」の器。そんな親しみやすさとは裏腹に、真さんのものづくりへのこだわりが秘められている。「地元の素材でつくりたい、ということがまずあります。100%はなかなか難しいですけど、少しずつですね。」器づくりに使用する粘土はなんと、近いところではお家の裏山すぐのところから採取したもの。「妻が畑いじりなどをしていて粘土が出るので、使えるんちゃう?と言って。そんな近い場所で採れるとは夢にも思わないので、はじめは渋々で焼いてみたらびっくりするくらいに良くて。その後は僕のほうに火がついて、冬の間は土を掘りまくっていました。でも、よくよく考えれば、昔の人たちは当たり前にそうやって暮らしていたんですよね。」
児童向けの民話集から、辞書なしでは読めないような地域史などの文献まで、昔の書物を読むことが好きだという真さん。「その中には昔のやり方というか、本当に身近なものをつかって、同時にそれがつながっているという世界がある。そこに在るものを使うことは、地域ごとの個性が出るということにもなるし、自分たちはそれを通じて地元のことを発見できるんです。」「それはすでに発見されていて明らかな情報だとしても、それをあらためて自分で見つけるということが楽しい」と明子さんもうなずく。二人は「あ⇔ん」として制作や展示、島内外のクラフトマーケット等での販売のほか、地域にある元中学校跡の交流施設で、淡路の土をつかった器作りのワークショップの開催などしている。
4,わっしゃーの調和
宮地さん家のお庭に広がる畑は、眺めているだけで幸せになってくるようだ。シソ、ミニトマト、サトイモ、トウガラシ、ピーマン、ブロッコリー・・・マリーゴールドや名前を知らない花々が彩りをきかせている。ここに越して来て畑をはじめたとは信じられないような豊かさ。「ナスビやサツマイモ、バジルとかハーブもまだまだ埋まってる。私が植えても、植えたようにならなくて、わっしゃーって。」生ゴミを堆肥にしようと発酵させておいたところ、さあ使おうという段になってカブトムシの幼虫が何匹も休んでいたので「それは使えないよね」という明子さん。雑草を抜くにしても、やはりいろいろと吟味してしまうため、畑は自然とこうなるらしい。しかし不思議と宮地さん家の畑の「わっしゃー」には渾然一体ながらも、なんだか居心地の良い美や暖かみが感じられてくるのはどうしてだろう。作物と、「雑草」と呼ばれる草花と、そこに生きるちいさな生き物たちとの、明子さんの間の取り方が面白いと思った。「あ⇔ん」の作品をつうじて「無意味なもの、使えないものが在ることの楽しさや豊かさ」を届けたいという明子さんの思想が、ここにも顕れているようだ。
5,懐かしい豊かさ
畑の真ん中をわって小径がつづいてゆく。道沿いの草むらにはこの時期、小さな小さなハチたちが一生懸命に花をさがしている。林の中に設置されたミツバチの巣箱は独学ではじめたもの。見よう見まねで作ったから扱いづらいんだけどと自嘲する明子さん。箱を作ったはいいが収穫でハチに襲われたくない二人を、大家さんが洗濯ネットを被って助けてくれたそうだ。もちろんハチミツは大家さんと半分こにして、今ではすっかり宮地さんより張りきっているというエピソードもほほえましい。地元のおじさんからいただいたシイタケの原木も見落としそうに風景にとけ込んでいる。春の竹林では、タケノコが食べきれないほど。水音のただよってくる沢沿いからはミョウガやフキが採れる。
宮地さん家のお庭は楽しくて、思わず「これなに?これなに?」とたずねてしまう。そしてお話のあちこちから浮かび上がる、ご夫婦をとりまく風景に、「豊かさ」の意味をあらためて感じ入る。「野菜をお裾分けしてもらったり、今年は大家さんの田んぼに手伝いにゆくといって、結局あそびにいったような感じだけれど、お米を分けていただいたり」。毎日夕方に集まって散歩しているおばちゃんたち。仲の良い陶芸クラブのおっちゃん、おばちゃんたち。豊かさって、モノのことだろうか。――モノの向こうに人が見える。宮地さん家の豊かさは、すこし昔ならどこにでも見られたような、おばあちゃん家に遊びにゆけば触れられたようなとても懐かしいもので、だからとても、心が安らぐ。
6,あそぶよ
こつこつと打ち込んでゆくタイプの真さんと、「やりたい」と感じることを先ずはとりあえずやってみるという明子さん。ご夫婦の暮らしにおいても、「あ⇔ん」の制作においても、二人の両方がエンジンのような存在なのだということを感じる。「すごいなと思うときと、え、本当にと思うときも両方あります。もちろん口には出さないですけどね」という真さんは、夫婦の舵取りの名手?世の旦那衆のお手本かもしれない。そんな宮地さんご夫妻が現在あらたにトライしているのが、柿渋づくりとワインづくり。なんだか難しそうだが、二人の口ぶりに大変さはみじんも感じられない。「あそびながらすべてやれたらベストだよね〜。」という明子さんの言葉に、日々を創造的にくらす秘訣をおしえていただいた気がした。
子供のころ、何かにあこがれ真似をしてみたときのように。新しいあそびを思いつき、ためしてみたときのように。